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The George W. Ball Papers


ジョージ・W・ボール文書

◆ジョンソン政権の国務次官でありながらヴェトナム全面介入を批判

 George W. Ball (1909-1994)はノースウエスタン大学で法学を修め、財務省法律顧問室に勤めた後弁護士を開業、1942~1944年には武器貸与局(Lend-Lease Administration)、外国経済局(Foreign Economic Administration)に法律顧問補として加わり、重要な役割を果たしました。対外経済政策のエキスパートとして米国の対外援助および対外通商政策の展開に貢献しました。1944-45年戦略爆撃調査団の部長としてロンドンに赴き、ナチの軍需相シュペーアの尋問にもあたっています。1945-46年ワシントンにあってフランス供給委員会の法律顧問をつとめ、そこで知己となったジャン・モネ(モネ・プランの提言者)とは生涯親交を深めます。しばらく弁護士活動をしていたボールはケネディに呼び出され、1961年2月から経済担当国務次官(Under Secretary of State for Economic Affairs)、同年12月から国務次官(Under Secretary of State)として活躍しました。国務次官在任中、キューバ・ミサイル危機の際にはケネディ大統領の内奥に深くコミットし、NSCにも参画、ソ連との小麦協定、国際繊維協定の周旋、さらにキプロス、コンゴ、パキスタン、ドミニカなど世界各地の紛争の調停に努力しました。続くジョンソン政権でも留任しますがヴェトナム戦争反対・封じ込め政策批判の立場を鮮明にし1966年9月辞任しました。

 本コレクションは、書簡、覚書、報告書、演説、会議録、電話会談、面会予約帳、切り抜き帳、著作、法律問題資料、財務関係資料などを集めています。ボールと親交の深かったAdlai Stevenson, Arthur Schlesinger Jr, Wilson Wyatt, John Kenneth Galbraith, Eugene Rostow, Dean Rusk, Dean Acheson, W. Michael Blumenthal, William P. Bundy, Nicholas Katzenbach, J. Robert Schaetzel, George S. Springsteenなどの書簡や、ボールが関与した様々な組織、外交問題評議会、センチュリー協会、国際商業会議所、また欧米の賢人が国際問題や国際経済の問題を親密に議論する会として作られたビルダーベルグ・グループなどの文書も含まれています。また、ボールは頻繁に講演を頼まれていますが、各所での講演、<サンデー・モーニング・ニュース・プログラム>番組でのゲスト発言、議会での証言なども収めています。内容は、日米関係、湾岸危機、戦略兵器制限交渉、通商拡大法、国際開発法、今後のNATOの役割と国際関係の動向を映し出したものとなっています。

※本コレクションはScholarly Resources刊行のマイクロフィルムThe George W. Ball Papersをデジタル化したものです

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