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全国女性党(NWP)文書集 アリス・ポールなどが女性参政権議会連合や女性党を基礎に結成
National Woman's Party Papers. Library of Congress. 35mm silver positive microfilm 276 reels with guide.

出版社 (UPA, US)
ニュース番号 <K10-38>

1866年結成のアメリカ平等権協会(AERA)は男性中心で女性参政権は等閑視され、これに幻滅したスタントンとアンソニーらは全国女性参政権協会(NWSA)を結成し積極的な運動を展開しました。 一方ルーシー・ストーンやブラックウェル、 ハウらは上流層、 保守的な運動をのぞみアメリカ女性参政権協会(AWSA)をつくりました。 両組織は1890年合併して全国アメリカ女性参政権協会(NAWSA)となりますが、参政権運動の成果は乏しく運動は沈滞していきます。 こうした時、 1910年英国留学から帰国したアリス・ポールは NAWSA に加わりますが沈滞した運動に対して、ルーシー・バーンズとともに1913年4月女性参政権議会連合(Congressional Union for Woman Suffrage =CU)を結成し、英国のサフラジェット式の戦術を駆使して運動の再生をはかりました。 さらに1916年女性の投票権獲得を目的に女性党を組織します。1917年CUと女性党を基礎にして、全国女性党(NWP)が結成されました。 "女性学"という概念を初めて打ち出したメアリー・ビアード、ベルモントなども加わり、サラ・バードも創立メンバーとして参画しています。 1945年にはアニタ・ポリツァーが議長になっています。 1920年投票権獲得後(憲法修正案第19条)も女性の完全な法的平等を求めて、男女平等憲法修正条項(ERA)を立案して議会に提出しました。 何年にもわたる全国女性党のねばり強い活動によって、 ERA は1972年連邦議会で可決されました。 全国女性党は、アメリカで他に活発な女性運動がなかった時代にERAを重要な課題として提起し続け、 女性運動の牽引車であり続けました。 またアリス・ポールと全国女性党は"世界の女性の地位向上"をめざして世界女性党(World Woman's Party)を組織しています。